マーガレット・ハンドレッド / 神科戯華『limit(C→∞) f(x)』

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 望むにせよ望まないにせよ、それは実行される。そこに本人の意思は介在しない。何故なら、「本人」は既に死んでいるからだ。
 
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 死者の蘇生は何の犠牲なしではできない、何らかの「素材」が必要である。それは「肉体」なのか、「魂」なのか、或いはそれら両方、或いはそれら以外の何か。何れにせよ、その技術は、未だ誰も知ることはない。これから知ることが出来るのかどうかすら分からない。
 ともあれ、彼女の蘇生には、彼女の飼い猫である『ブール』が使われた。
 とは言っても、彼女の家から『ブール』を引っ捕まえてきて聖域まで連れてきた、というわけではない。
 
 彼女の存在は、そもそも、そしてもともと、『ブール』と同一だったからだ。
 
[黙]
 死者蘇生。
 
 「死んだ者を生き返らせる」という、<現実世界>では決して行うことが出来ない、理外の法。それを可能にする唯一の方法論。それはあまりにも単純で、簡単なものだ。
 
 ただ、「設定」に、「負けた生徒は死にますがすぐに生き返ります。」と一言書いてある。それだけだ。
 そう。その一言で良いのだった。
 
 その一言こそが、それに必要な条件で、そして十分な条件だった。
 
[黙]
 誰も、死んだ経験はない。「死」とは終止符。全ての、ただひとつの終末。エンドロール。
 それは、彼女の知識欲を刺激した。この世に「生きる」誰ひとりとして経験したことの無い、未知。彼女はそれを、「知りたい」と思ってしまった。
 誰も知らないならば、自分で見つけるしか無いと彼女は考えた。誰に聞いても答えのあるはずの無い解を探すため、彼女は自分の精神の奥深くへと潜ってゆく。奥深くへ潜るための有効な形状は、砂地獄のような渦を巻く螺旋。
 自らの精神にゆらぎを発生させ波を起こし、それを一定のリズムに収束させていく。始めはノイズ状だった波形は、やがて一つの正弦波を導き出す。それを次元の数だけ繰り返し、次元毎に1/4周期ずつずらして重ね、一定速の時間ベクトルに載せてやると、渦巻き状の軌跡が出来上がる。その軌跡を辿り、久遠に続く螺旋階段を下るように。精神の深部へ、深く、深く潜り込んでいく。永遠に収束しないその螺旋を原点から透視すると、一点に収束するように見える。その存在しない収束点から、決してたどり着くことが出来ない精神の底から、彼女は「死」のイデアを取り出した。
 
[残]
 本来ならば絶対に辿り着くことができないはずの「死」のイデアを取り出すことが出来た、という事実は、世界の法則を揺るがせた。そのゆらぎは、世界から拒絶された。しかしながら、世界はそのゆらぎを完全に修正することができず、そうして生み出されたのが『ブール』という猫だ。
 この猫は、存在と非存在のどちらでもあり、どちらでもない。この猫は、命題「『ブール』は存在するか?」として存在する。存在した。
 
[星]
 彼女は死んだ。彼女の精神は失われ、彼女の魂魄は喪われた。
 そして、その補填に、彼女の生み出したゆらぎが使われた。
 
 死によって止められるはずだった輪廻は、ここに一つ完結した。
 
 彼女の心は、彼女が『ブール』を生み出した頃の、まだ幼く今より少し活発だったものに置き換えられた。記憶はそのままなので、周りの人間は、彼女が「戻った」ことに、恐らく気付かないだろう。今は少し違和感があるようだが、もと自分のものだったもので補填したのだから、じきに融和するだろう。
 
[空色]
 彼女は<僕>によって作られた。彼女の<オーナー>は<僕>だ、って言った方が分かりやすいかもしれない。彼女の存在は、全て僕の手一つに委ねられている。
 
 彼女は、いつか、<僕>の存在を知るだろうか。
 
 「彼女はもう試合がありませんが、設定上は生きています。」
 
 だとしたら、生きているうちに会えるといいと思います。