マーガレット・ハンドレッド / 神科戯華『End of the Game』

[End of the Fight]
 戦闘が終わった。嘗ての神話の撃鉄の嘶きを彷彿とさせる、演舞場を駆け巡る爆炎の熱気。
 まだ、私には眼前の出来事が理解できないでいた。
 
 一度(ひとたび)起動すれば止めることが出来ないと信じられてきた、王なる赤<キングクリムゾン>。止められた刻(とき)の中で相手に死のイデアを叩き込む、死色の紅<デスクリムゾン>。そして、相手のひとときの呼吸、またたきすら許さぬ間に終わらせる、はじまりのあか<ゼロクリムゾン>。
 それを、彼女は、止めた。留まらぬ輪廻を断ち切った。
 
 アリス。
 彼女が勝利した。
 
 
 心臓が震えるような感触を覚える。今まで、誰が勝っても負けても、心が打ち震えることなどなかった。だが、今は違う。彼女が勝利した瞬間、思わず涙が零れそうになった。私はそっと、プラスチックの傘を差したまま立ち上がり、顔を見られないようにしながら演舞場を立ち去った。よく分からない笑みが溢れそうになっていたので、あのときの私は相当変な顔だったと思う、誰にも見られていないことを祈る。
 
 
 彼女は、自らを【愚者】と言い放つ。
 違う、彼女は。貴女は。
 
 その覚悟は。自らの心の底をを穴が開くほど見つめて勝利を望み、そうしなければ見つけることがおおよそ見つけることが出来ない針の穴のような光。
 
 そうだ。私では彼女に勝てなかっただろう。彼女が持つ、生への渇望、勝利への道筋を、私は持っていない。
 
 
[End of the World]
 龍穴なんてものが聖域にあるなんてことは知らなかった。しかし、よくよく考えれば聖域の施設はいたって不自然で、この修学旅行の目的だってよく分からない。単に、剣師として優れている者を選び出すためだけに生徒同士で殺し合いをさせるなんて(すぐに生き返るとは言え)狂気の沙汰である。何故今までこの不自然さに気付かなかったのか。或いは緋森の異常なカリキュラムに酔っていたのか。
 恐らくだが、今回の件、龍穴が一度開かれた時点で、アリスがよどみに勝利したとしても、不帯剣民が武装蜂起することは避けられないだろう。いや、今よどみが龍穴を開かなかったとしても、いずれ龍穴の存在は不帯剣民に知られることとなっただろう。それが、100年後であるか、10年後であるか、1年後であるか、今であるか、の違いしか無い。
 転校生、細川弑奈が、3回戦が終わったときに話していた内容。私はその談笑の輪に混じっていたわけではないから、彼女の話した全てを聞いたわけではない。しかし、彼女の話した王立ネットワークについての情報は、その殆どはひどく偏った思想の影響を受けていたとはいえ一部は信用に足る内容だった。
 「帯剣民による不帯剣民の搾取構造」。確かにその構造問題は存在する。そしてその問題を放置し続ければ、この社会バランスがいつか破綻することも私は知っている。
 だが、彼女、弑奈が語った解決策でこの構造問題をどうにかできるなんて、私には到底思えなかった。(かと言って、私は代替策を持っているわけではなく、この社会が崩壊しようがしまいが割とどうでもいいと思っているのだが。)
 いずれにせよ、ここでよどみを殺さなければ、混乱の度合いはずっとひどいことになることは明確だ。私たちは全員死に、社会は完全に崩壊し、世界が始めて出来た辺りのように混沌とした大地と大気が地表を埋め尽くすだろう。
 デスキャンセラーをクラッシュさせたのは、よどみの最大のミスだ。ここでよどみが死ねば、よどみは生き返ることはない。自ら再戦の目を断つなんて馬鹿らしい。大きな賭けに出たつもりかもしれないが、その行動はあまりに先が見えていない。ここまで冷静に緋森を支配しようとしてきたのに、龍穴を目前にして目がくらんだか。よどみを殺すには、今しかない。
 
[End of the Life]
 アリス。
 貴女になら、私の命を、魂を、捧げても、惜しくはないと思う。貴女はそれを望まないかもしれない。けれど、貴女がそれを望むならば、私はそれを全く厭わないでしょう。
 
 そうだよ。私だって特別な人間になりたいんだ。勇者の剣の為に命を捧げるなんて、美談じゃないか。エンディングに登場出来なくても、きっと誰も私の名前を覚えていてくれるでしょう。そうだよね?
 
 
 いや、実は怖いんだよ。死にたくないよ。生きていたいんだよ。
 でもね、ほんのちょっと、この世界が好きになれたんだ。何でそんなことを思うようになったのかなんて、わからない。誰かに教えて欲しいくらい。
 
 私がここにいたという証。私がここにいるという証。
 誰もが望み、縛り付けられる「命」という魔法は、誰のために捧ぐべきなのか。
 
[End of the Game]
 修学旅行はもうすぐ終りを迎える。
 
 この戦いを通して、私は何か重要なことを学んだ気がする。気がするだけかもしれないけど。